ブログに沼るグレッグル

万年ベンチ外のブログ

aita ココロココ tire

 高校時代に山盛りの冷や飯を食べさせられた私にとって、社会に出る前にポッカリ空いた心を埋めるための時間が必要だった。その理由もあり、札幌圏の私立大学へと進学した

 

 大学1年生 

 右も左もわからず、とりあえず授業は全部埋めた

 大学は小高い丘の上にあるので、講義中の暇な時は外を眺めて超芸術トマソンのような長物を探してたりしてた

 Fラン大学は講義に出続ける時点で学内では稀有な存在となり、増してや日々の課題をしっかりとこなせばもう優等生扱いとなる

 

 

 

 大学2年生 中弛みできると思ったら自動車学校。睫毛が目に入って危うく事故りそうになった。MT車だったので、余計にパニクってエンスト。それでもさすがは教習指導員。すぐさまギアチェンジをしてブレーキを踏んでくれた。

 毎回怒られるので、毎回恐怖で吐きそうになりながら行っていたが、これを乗り越えた経験がいつか自分の糧となると信じて耐えた

 

 

 大学3年生 公務員試験勉強

 Fラン大学なので、公務員志望学生の講義といえど騒々しい。それでもその環境を選んだのは自分なので甘受(途中から自分で勉強した方が早いと思い、講義に出席しなくなる)

 公務員に向けての勉強が功を奏して、大学の講義においても集中力が高まりGPAが爆上がり

 下図のような賞状を貰うまでになる

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 大学4年生 公務員試験と卒論

 敵の兵器を鹵獲する兵士のような狂騒的生活を送っていた

 私が目指す北海道庁一般行政職は、最短で8月下旬に最終合格する。最短というのは、夏の試験に落ちた人や他の自治体に落ちた人のために秋にも試験をして再募集をかけるためだ。

 しかし私の小・中・高一緒だった友人は、大手不動産会社でデベロッパーとして働くことが春早々に決まったようで鬱になる

 ちなみに彼は、私と同じ硬式野球部に高校時代に所属していたのだが、私は万年ベンチ外、彼は最後の夏の大会でエースだった。小さい頃から知ってるが故に、どんどん差が開くことに虚しさを感じる

 

 

 私は3・4年生の時に公務員予備校のLECに通っていた。授業は進度が遅くて自分で進める方が早いと感じたため1回しか行ってない。

 LECは全国模試と北海道庁模試の2つを受けさせられるのだが、全国模試は全く参考にならないし、受ける意味がない。大学受験で例えると、地方の私立大学を目指してる生徒に東大の試験解かせているようなものである。つまり科目数も難易度も自治体によってバラツキがあるのに、LECの模試は科目数も難易度も国家総合職レベルの問題を解かせてくるのだ。もちろん結果はボロボロでただ私のやる気を削いだだけであった。

 ちなみに北海道庁模試は、下図の通りしっかり勉強していたので取れている

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 大学生活を通して学んだことは、継続的に粘り強く取り組めば公務員試験だって単位取得だって自動車免許だって突破できるということ。 高校球児時代の不遇っぷりから生まれた学習性無力感は徐々に払拭されていった

 反対に、偏差値の低さからステレオタイプを肌で感じたこともあった

 確かに下図のようにイライラしたらテレビを壊してしまうチンパンジーぶりから察するに、私に合った学校だったのかもしれない

 

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 ちなみに私の怒ると物を壊す習性に似てることからもこうが好きになった

 

 高校時代に勉強でも部活でも普通レベルに達していなかった私は偏差値の低い大学に行ったからこそ、自尊心を取り戻せた

 

 

 完

悔しさ雫

 前回のブログでも少し触れたように、私は地元で一番偏差値の高い高校に通っていた

 

 そのため授業は大学進学、特に国立大学を目指す前提で授業が組まれている

 

 そんな国立大学への進学がデフォルトの世界で私は野球部に所属していたので、予習や復習に企てる時間が取れずに勉強の進度に常に遅れる状態が続いた

 

 他の野球部員は、短期集中で勉強をこなせる人が多かったため割とついていけていた

 

 私は要領が悪いため長い時間をかけて少しずつ理解していくタイプであり、短期間で集中して覚えることが苦手だった

 

 ちなみに中学校の時は、野球部の練習時間が短かったので勉強に取れる時間もたくさんあり成績も高かった

 

 高校時代に週一回英単語のテストがあったのだが、部活で忙しい日々の合間を縫って短期間集中で勉強することができない私は、案の定毎回追試だった

 

 追試となると放課後に居残りで勉強させられるため、部活に遅れて行くことになる

 

 そのため、部員からも監督からも一目で勉強できない人だと分かるわけだ

 

 野球部では、「文武両道」を掲げていたためになおさら周りからの目は冷ややかだった

 

 また、同野球部は21世紀枠も密かに狙っており、日頃の生活態度はうるさく言われていた

 

 私は勉強も部活もうまくいかない上に、ムスッとした顔で終始無言でいるので、周りからは爪弾きにされていた

 

 高校時代は居場所がどこにもなかった

 

 例えば学祭の時は、他のクラスメートが仲の良い友達と展示を回っている中、私はクラスの待機室でずっとYouTubeと5chに明け暮れていた

 修学旅行の時は班での自由行動の際、体調不良を装いホテル待機していた過去もある

 

 部活を引退してからも、志望校を決めきれずにダラダラ授業を受けるだけの日々が続いた

 

 

 休日も朝から晩まで部活をやっていた反動で、引退してからはカウチポテト民族になって全く勉強していなかった

 

 行きたい大学が在れば勉強を頑張ることができたと思うが、私の場合目標を決めることが最後まで出来なかったので、ダラダラと高校時代を過ごしてしまった

 

 結果として私立のfランに行くことになったが、公務員試験というオールジャンル型試験に対して国立型で勉強していたことが活きたことはまた別のお話

 

 

 完

 

 

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Life of Robinson KOTA

 前回のブログでは、私の高校球児時代の不遇っぷりについて話した

 

 今回はそれに関して、もう少し具体的に語っていこうと思う

 

 練習試合や試合に関しては、私は出た記憶がほとんどないのだが、練習は普通にやらせてもらえる

 

 主な練習メニューが、シートノックとL字バッティングの2つだ

 

 シートノックは、各ポジションに選手がついて監督のノックを受ける。私はセカンドやサードなど内野を中心に守っていた

 

 L字バッティングは、L字の形をしたネットの奥からピッチャーが投げてそれを野手が打つ練習だ

 

 私たちの高校は、管内屈指の進学校でありながら甲子園も本気で狙っているチームだったので練習の空気は常にピリついていた

 

 シートノックで落球したり、L字バッティングで空振ったりすれば監督や他の部員から罵声が飛んでくる

 

 しかし私は気にしない。なぜならロビンソン・コタだから

 

 由来はMLB屈指の強打者であり、レジェンドのロビンソン・カノ。私の憧れの選手である

 

 彼のプレースタイルは、最低限の体だけを動かす省エネスタイル。側から見るとだるそうに見える。しかし私は、最低限のエネルギーしか使わずとも、とてもうまいクールな姿に憧れてしまった

 

 私も彼のプレースタイルを真似てみたのだが、素人がそう簡単にできるプレースタイルではない。案の定、下手くそなのにダラダラする1番印象が悪いプレースタイルになってしまった

 

 といっても、そもそもロビンソン・カノの真似をしながら練習しようと決めたのは、遠征先での不遇っぷりが原因である

 

 部員は全部で約60人。遠征の際は、レギュラー組・3年生のAチームとそれ以外のBチームに分かれる

 

 私は1・2年生の時はBチーム、3年生の時はAチームだった(3年時に関しては、Aチームの雑用要員として帯同しただけである)

 

 遠征は2泊3日で1日2試合、計6試合を行う。そのため、30人いても1人1試合は余裕で出られる計算だ

 

 しかし私は、3年間遠征先で試合に出場した記憶がない

 

 私以外の選手は全員試合に出れていたのに私だけ出れなかった。特に何かをしでかしたわけではない

 

 野球の試合は平均3時間なので、ずっと立って声出ししてるのも酷だったが、何より高い遠征費を出してくれた親に申し訳なかった

 

 メンバーに選ばれるためには、練習試合で結果を残すことが必要条件であるのに、その舞台にすら立たせてもらえない私。それが影響して私は学習性無力感に陥り、普段の練習にも身が入らなくなった

 

 しかしチームは甲子園を目標にしてるチームなので、練習でミスをすると罵声が飛んでくる

 

 すると私はプレーするのが億劫になり、イップスになった

 

 最後の夏も同級生で私だけメンバーに選ばれなかった

 

 自分だけ蚊帳の外にいるようで、同級生に対してコンプレックスを持つようになったのは、この時からである

 

 不遇・イップス・人間関係悪化などが重なり、結果として全てがどーでも良くなり和製ロビンソン・カノが爆誕したというわけだ

 

 当時の名残で同級生との連絡先は今も絶っていないが、心の距離は遠いままである

 

 

 

 完

 

 

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ゴールドrush

 太陽が地平線から顔を出して間もない頃、私は起床した

 

 眠い目を擦りながら、急いで支度を済ませチャリで30分

 

 曇天の下、広大なグラウンドで早速作業は開始される

 

 昨晩降った雨の影響で水溜まりができた箇所を、両手でないと持てないくらい大きなスポンジで吸引する

 

 その後は、グラウンドの隅っこにある土の山を削ってそれを撒いてグラウンドのコンディションを整える

 

 昇ってきた太陽が地面を照らして気温が上がってきた頃、レギュラー組がやってくる

 

 私たちが長い時間をかけて整えたグラウンドで、私たちは一切プレーすることなく雑用へと回る

 

 その不遇っぷりが影響して、同期のレギュラーにコンプレックスや嫉妬の感情が私の中に深く根付いてしまい、卒業してから彼らと関係を絶った

 

 遡れば、この原因を作ったのは母だと考えられる🤱

 

 私は高校受験期にアニメやゲームにハマり、高校に入ってからは部活には所属せずに帰宅部を選択することを決めていた

 

 その旨を母に伝えたところ、「部活には必ず入ってもらう」という返答があった

 

 先輩や親戚がおらず、進学先の高校に人脈やツテがなかった私は、多彩な部活の情報が入ってこず、小学校・中学校と続けてきた野球を続ける選択肢しかなかった

 

 公立高校の部活といえど、高校野球は甘くなかった。私のような消去法で部活を選択した人間がレギュラーを取れるほど甘い世界ではなかった

 

 ゴールドラッシュ。かつてアメリカ人が金を求め掘り進めていたように、私も毎日土を掻いていた

 

 朝から晩まで、監督の指示があるまで終われない重労働。対価はない。これに比べれば、社会人になって働くことは容易いと思う。なぜなら対価があるから

 

 高校三年間ずっと補欠部員だったが未練はない。むしろ夏の大会で負けたあの日の開放感を私は忘れない。おそらく、獄中の囚人が釈放された日と似たような気持ちだったのではなかろうか

 

 いやむしろどうしたら部活から逃げ出せるかばかり考えていたから、脱獄犯の思考に近かったかも知れぬ

 

 

 私が三年の歳月をかけて掘り出した「自由」という名の金塊

 

 今後はこの「自由」を大切に心の金庫に保管したい

 

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枕を濡らしパンツを汚したあの夜

 みなさんは、涙で枕を濡らした経験をお持ちだろうか?

 

 私はある。

 

 私が小学校3年生の秋、学芸会の準備をしていた時にその事件は起こる

 

 私のクラスは劇を担当することになったのだが、私は大臣の役でお客さんから見て左前にポジる形だった

 

 つまり劇を共にするクラスメートから見ても視線を集めやすいポジションだった

 

 結論を言うと、私は劇の練習中にう○こを漏らしてしまった

 

 

 私の通っていた小学校は田舎の中でも街外れにあり、墓地の跡地に建てられたかなり古い作りの学校であった

 

 なので他の学校同様幽霊の噂は出てくるのだが、それを冗談だと捉えられないくらい不気味な雰囲気を漂わせてる学校だった

(※ちなみに大学生になった現在も、あの小学校のトイレに一人で入る勇気はない)

 

 従って、私は怖くて授業中に一人でトイレに行けずにう○こを漏らす結果となってしまった

 

 当然周りのクラスメートはざわついた。先生も驚き・呆れ、複数の感情が混ざり合った顔で私を見つめた

 

 私は恥ずかしさからくる紅潮と今後の学校生活を考えたときの絶望からくる蒼白で、紫色になった顔を隠しながらトイレへと向かった

 

 幸か不幸か、その後に私は高熱を出して早退する形となった

 

 その晩は言うまでもなく、枕を濡らした

 

 その後の結論を言うと、私は六年間学校に通うことができた

 

 大臣の威厳は保てなかったが、本番の劇もしっかり出た

 

 やはり野球部に入っていたことが大きな要因だと思う

 

 先程も言ったように、私の通っていた学校は田舎にあったので部活は男は野球・女はバレーしかなかった。そのため、運動神経の良いイケてる男は全員野球部に入っていたので、端くれでありながらもそこに所属していた私は、良い感じにいじられてあの騒動は終わった

 

 私は1人が好きなので、あまり友達とワイワイするのは好きではないが、小学校の頃の仲間とならバカ騒ぎしてもいいくらい彼らとは仲が良い

 

 帰省したら近所のだだっ広い野原がある公園で、遊び野球したいな〜

 

 完

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チャンス

 チャンスとは何か

 

 チャンスとは絶好の機会・好機を表す

 

 私は昔から完璧主義者で、特に時間厳守の性格であった(※一時間病?という病もあるらしい)

 

 例えば、ご飯を食べる時間を30分と設定するとそれ以上時間がかかれば食事が途中でも切り上げていた

 

 また何かを始めるにあたっては、1日・5日・10日などキリの良い日にちでなければ始めない決まりを作っていた

 

 まさしくこのブログも2022/01/01に筆を取り始めた(PC)

 

 しかし完璧主義のピークである中学校2年生から、いい意味で完璧主義度が下降傾向にある

(※ピーク時は完璧さを求めるあまり、少しでも計画が狂うとその日はブッチして寝込んでいた)

 

 時間においても事に向かう姿勢においても寛容になり、多少の大雑把さを得ることができた

 

 そして今回の2022/1/1を最後に、数字に対する完璧主義から脱する決意をした

 

 その意味でのチャンスだったのだ

 

 具体的には前までは1時間単位でやることリストを決めており、達成できなかったらリセットしていたが今年からは1日のうちにやることを決めてそれをいつこなしてもいいし、こなし終えたらあとは自由という姿勢を取ろうと思う

 

 その方が気が楽だし、完璧主義の天敵であるリセット病にも罹りにくい

 

 ブログは1ヶ月に1回のペースで更新していこうと思うのだが、2月初めに無事このブログが上がっていたらリセット病や1時間病などの完璧主義からの脱却をとりあえずは達成できたということだ

 

 また「人生は失敗するもの」というマインドで生きていく方が気楽だということに気がついた

 

 特に私は元高校球児の身なので、打率を人生で例えるのがしっくりきた(*高校球児時代については、いつか詳しく語ろうと思う)

 

 3割打って一流だが、それでも7割は失敗する

 

 あのイチローですら、生涯打率は3割ちょっとなのである

 

 21歳にしてようやくアニメや漫画のような人生を歩めないことを悟り、現実を見れるようになってきた

 

 しっかり地に足をつける人生を歩み、その中で楽しさを見つけていく

 

 文学的な表現でいくと、リアリズムがまさにそれである

 

 結論、列車のレールや行先は自然の成り行きに任せて好きな車両を吟味する人生を歩みたい

 

 完

 

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