ブログに沼るグレッグル

万年ベンチ外のブログ

Life of Robinson KOTA

 前回のブログでは、私の高校球児時代の不遇っぷりについて話した

 

 今回はそれに関して、もう少し具体的に語っていこうと思う

 

 練習試合や試合に関しては、私は出た記憶がほとんどないのだが、練習は普通にやらせてもらえる

 

 主な練習メニューが、シートノックとL字バッティングの2つだ

 

 シートノックは、各ポジションに選手がついて監督のノックを受ける。私はセカンドやサードなど内野を中心に守っていた

 

 L字バッティングは、L字の形をしたネットの奥からピッチャーが投げてそれを野手が打つ練習だ

 

 私たちの高校は、管内屈指の進学校でありながら甲子園も本気で狙っているチームだったので練習の空気は常にピリついていた

 

 シートノックで落球したり、L字バッティングで空振ったりすれば監督や他の部員から罵声が飛んでくる

 

 しかし私は気にしない。なぜならロビンソン・コタだから

 

 由来はMLB屈指の強打者であり、レジェンドのロビンソン・カノ。私の憧れの選手である

 

 彼のプレースタイルは、最低限の体だけを動かす省エネスタイル。側から見るとだるそうに見える。しかし私は、最低限のエネルギーしか使わずとも、とてもうまいクールな姿に憧れてしまった

 

 私も彼のプレースタイルを真似てみたのだが、素人がそう簡単にできるプレースタイルではない。案の定、下手くそなのにダラダラする1番印象が悪いプレースタイルになってしまった

 

 といっても、そもそもロビンソン・カノの真似をしながら練習しようと決めたのは、遠征先での不遇っぷりが原因である

 

 部員は全部で約60人。遠征の際は、レギュラー組・3年生のAチームとそれ以外のBチームに分かれる

 

 私は1・2年生の時はBチーム、3年生の時はAチームだった(3年時に関しては、Aチームの雑用要員として帯同しただけである)

 

 遠征は2泊3日で1日2試合、計6試合を行う。そのため、30人いても1人1試合は余裕で出られる計算だ

 

 しかし私は、3年間遠征先で試合に出場した記憶がない

 

 私以外の選手は全員試合に出れていたのに私だけ出れなかった。特に何かをしでかしたわけではない

 

 野球の試合は平均3時間なので、ずっと立って声出ししてるのも酷だったが、何より高い遠征費を出してくれた親に申し訳なかった

 

 メンバーに選ばれるためには、練習試合で結果を残すことが必要条件であるのに、その舞台にすら立たせてもらえない私。それが影響して私は学習性無力感に陥り、普段の練習にも身が入らなくなった

 

 しかしチームは甲子園を目標にしてるチームなので、練習でミスをすると罵声が飛んでくる

 

 すると私はプレーするのが億劫になり、イップスになった

 

 最後の夏も同級生で私だけメンバーに選ばれなかった

 

 自分だけ蚊帳の外にいるようで、同級生に対してコンプレックスを持つようになったのは、この時からである

 

 不遇・イップス・人間関係悪化などが重なり、結果として全てがどーでも良くなり和製ロビンソン・カノが爆誕したというわけだ

 

 当時の名残で同級生との連絡先は今も絶っていないが、心の距離は遠いままである

 

 

 

 完

 

 

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